今日こそは、今回の滞在ではまだ行けていない鳥取砂丘に行かなきゃいけない日である。なんと言っても明日鳥取を発つのだから、今日しかないのである。しかし朝から天気が荒れていた。風が強く、ものすごく強い雨が窓を叩きつけたかと思うと、またすぐにやんだりする。前々回砂丘に行ったときにも強風で雨だった。風が強くて傘がさせないのでレインコートを着て、髪が雨でぺったりと顔に張りついている母と私が映った写真が実家にある。その次に来たときは雨は降っていなかったと思うけれど、一般的に鳥取は雨が多いのかもしれない。

赤井さんから博物館の常設展に砂丘の成り立ちについての展示があると聞いていたので、まずそこで勉強して、そのあとに砂丘で撮影をすることにした。展示を見て、砂丘にも地層があること、風がある日に砂丘にできる規則的な模様を風紋ということ、雨が降って砂に湿気がある状態のときに風が吹くと砂柱と呼ばれる突起物ができることを知った。他にも常設展には巨大ダイオウイカや、オオサンショウウオのホルマリン漬けがあったり、藻類から哺乳類にいたる動植物の標本があったりと見るべきものがたくさんあったので、2時間くらいかけて見た。さあ、そろそろ砂丘に向けて出発しようと博物館の出口に向かうと、受付の人が「今さっきからすごい雨が降り始めましたよ」と教えてくれた。たしかに外を見ると雨が降っている。一瞬どうしようと思ったけれど、バスの時間も迫っていたので行くしかなかった。「とりあえず行ってみます」と言うと、「さっきよりは雨弱まったかもしれませんね」と受付の人が慰めてくれた。外に出るとびっくりするぐらい気温が下がっていて、雨だと思ったものは雪だった。手袋が欲しかった。帰宅途中の中学生はコートを着ていなかったので寒そうに身を丸めて傘をさしていた。しかし5分も経つと雪はやみ、雲が晴れて太陽が見えてきた。変な天気である。15分ほどバスに揺られて砂丘の近くのバス停に着く。バスの運転手さんから、この停留所からだと少し歩かないといけないと教えてもらっていた。雲行きはまた若干怪しい感じになってきて、あたりにあまり人がいなかったのもあって、行きたくないなという後ろ向きの気分になったが、気を奮い立たせて砂丘に向かう。砂丘に到着するとやはり圧倒的な景色で、来て良かったと思う。さっそくカメラを取り出し、砂のクローズアップなどディティールを撮り始めるが、とにかく風が強く冷たくて、手が凍傷になるんじゃないかというほどだ。こんなに寒いと思わなかった。人はまばらで、一面見渡す範囲に15人もいなかったのではないかと思う。馬の背と呼ばれる一番高い砂丘列に登る人々の姿が見えたが、とにかく風が強くて、馬の背の下から上まで砂埃が吹き上がっていくのがはっきりと見えた。すこし恐怖感を感じたが、砂が舞い上がる風景は美しくて撮影を続けていたら、突如背中側からものすごい突風が吹き、雨だか雪だか砂だかが今までとはあきらかに違う強さで身体に叩きつけられた。あたりが暗くなり、風の音が変わった。嵐が来たのだ。本能的に逃げなくては、と思った。砂丘には遮るものがないので、強風が吹けばそれは弱められることなく直接身体に当たる。私は転びそうになりながら砂丘の出口方向に向かって歩いていったが、竜巻みたいなものが起こったら吹き飛ばされてしまうのではないかと怖かった。ようやく砂丘の出口の階段にたどり着くも、階段のすぐ手前に強風のために砂が1メートルほど積もっていて、進む場所を間違えるとそのまま滑り落ちてしまいそうだった。なんとか手すりをつかんで階段を降り、駐車場わきにある土産物屋の正面ドアを開けようとすると鍵がかかっていて開かない。中に人がいるのに、とパニックになりそうになったが、側面のドアから入れることに気がつき、ようやく屋内に避難できた。土産物屋の中には避難してきた人たちと、びっくりした顔で外を眺めているお店の人たちがいた。地元の人にとっても普通ではない天候なのだろうか。お店の人がよほどの顔をして私を見るので、そうとう砂まみれなのだろうなと思って申し訳なかったけれど、とにかく呆然としてそのまま外を見ているしかなかった。15分ほど経つと何事もなかったかのように嵐は収まった。屋外のベンチでリュックやダウンジャケットの砂を払い、靴の中に積もった砂は取り除けるだけ取り除き、トイレの鏡で姿を見てみると、髪がすごいことになっていた。下から吹き上げられた髪の毛の隙間に湿った砂が入り込み、ヘアワックスのような効果を発揮して、爆発スタイリングが完成していた。もう帰りたいと思ったけれど、もうちょっと撮影するべきなんじゃないかという気がしたので砂丘に戻ることにした。もうすっかり晴れていて、嵐のあとに車でやってきた人たちは何事もなかったかのようにはしゃいでいて(実際彼らにとっては何事もなかったのだ)、ミニスカートを着た女性3人組は「寒い~、着てくる服間違えたよね」と言って腕を組んで砂丘入口の階段を登っていた。砂まみれの爆発ヘアスタイルで、強烈な恐怖感のあとのぼんやりした意識を抱えた自分が場違いな存在に思えた。どこか間違った時間からやってきてしまったタイムトラベラーのような気分だ。他の観光客たちが無邪気に喜んでいるなか、砂丘の恐ろしさを知ってしまった私は小心にもあまり遠くにはいかず入口付近でディテールを撮影してから、バスの時間が近づいてきたのでバス停に向かった。バス停に向かっているあいだ、また雲行きが怪しくなってきたので、このバスは絶対に逃してはならないと焦り小走りになった。

ことめやに帰り、シャワーを浴びる。今夜は最後の夜ということで、赤井さんとRさんが日本酒と料理が美味しいお店に連れて行ってくれた。去年から博物館で働きはじめたというバースデーガールのTさんも合流し、4人で何合飲んだだろう、とにかく楽しい夜を過ごさせていただいた。「ふきのとうオイル」という何にかけても美味しい魔法のオイルの作り方や、50℃洗いをすると肉も魚も野菜も美味しくなるという話など、赤井さんの食べ物の話は聞いているだけでヨダレが出てくるような実感がある。

20190313のコピー