今日はさっそくアーティストトークの日である。2時間も時間をいただけるということなので、何を話したら良いのか迷って赤井さんに相談したら、ランチをしながら打ち合わせをしましょうということになった。ことめやから近いエスニック料理屋さんが美味しいから、ということで現地で待ち合わせをする。先に着いたのでバインダーに挟まれたメニューをめくってみたら、メニューはすべて手描きでレイモンド・ペティボンのドローイングのようだった。「※バインミー ベトナムのサンドウィッチ的な 600円」というフレーズが独特の書体で書かれているので、どこか深淵な感じに思えてくる。赤井さんがいらしてから2人ともフォーを頼み、とても美味しかった。昨日の時点でも感じていたが、赤井さんは美味しい食べ物に情熱がある人で、私も食べることが大好きなので滞在中赤井さんのおすすめ情報をもれなく聞いておこうと決めた。

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アーティストトークでは、私の作品を初めて見る人に伝わりやすいようにしてほしいということと、レジデンスで作った作品の制作経緯などを具体的に聞きたいということだったので、その方向で考えることにする。

ランチを終え、赤井さんは自転車に乗って博物館に戻っていった。ホスピテイル・プロジェクトの拠点である旧横田医院をまだ見ていなかったので、明るいうちに見ておきたいなと思い、地図を見ながらことめやから徒歩2分くらいの近所にあるその場所に行ってみた。そのあたりは駅から県庁に続くメインストリートからちょっと横道を入ったところにある一等地であろう場所なのだが、民家や新しいビルの合間に異様な存在感を放つ高い塀で囲まれた円形の古びた建物があり、それが旧横田医院だった。塀の入口には鍵がかかっていたので、プログラムがないときには一般開放していないのだろう。ちょっとホラー映画にでてきそうな感じではあったけれど、バウムクーヘンのようなデザインが面白い建物だった。取り壊されずにいつまでも残ってほしいなと思った。

ことめやに戻り、しばらくアーティストトークの準備をする。だいたい目処がついたところで、肩も凝ってきたので(私はひどい肩こりに悩まされているのです)トークの時間まで散歩をすることにした。このあたりは昔城下町だったようで、碁盤の目状に縦横に通りが走っている。ことめやから県庁や博物館がある山手の方向に1ブロック進むと、旧袋川という小さな川が流れていて、その川沿いにNHKの放送局がある。この川沿いの風景が気に入ったので、上流に向けて歩いてみることにした。いつのまにか雲が晴れて、すっきりとした夕方になっていた。遠方には山が見え、川が流れ、「ふとん」と建物に大きく直接書かれているふとん屋さんの建物は昭和初期のまま時間が止まってしまったかのようである。私は散歩をするときに、自分の直感を働かせてなんとなく面白そうな道に行ってみる、ということをある種のトレーニングとしてやっている。2つ道があってどちらに行ってもよい、という場合に、「こっちに行こう」という直感を信じるのだ。これは撮影するときの勘を磨くために役立っているような気がする。気が向くままに歩いていくと、山にぶつかり、案内板には山に登ると庭園があると書いてある。案内板の通りに山に上がっていくと、庭園らしきものはなく、こじんまりとした寺院墓地へと続いていた。庭園はもっと上にあるのかもしれないと奥まった場所にある階段を上がっていくと、そこには山間にできたさらに大きな墓地が広がっていて、たくさんのお墓が斜面にずらりと並ぶ姿は棚田のようでもあり、このような景色は初めて見るものだった。部外者の自分がこんなところまで入ってきていいのか戸惑ったが、他にも墓参りにきている人が何人かいたので、上の方まで登ってみることにした。お墓の間を縫うように作られた細くて急な階段を登っていき、すこし開けた場所で景色を眺めてみると、斜面に広がる墓地と、その先に広がる市内の街の景色が重なって見えた。死んだ人たちの街と生きている人たちの街があった。お墓には各々灯篭のような縦長の石柱が設置してあり、その四角い石の中からチリンチリンという音が聴こえたような気がする。このあたりの風習なのかもしれない。風が吹くと、山の上から下にかけて、チリンチリンと鈴の音が移動していくのを聴くことができるだろうか。

アーティストトークは19時からだった。夜の横田医院はちょっと怖いかもと思っていたが、18時半すぎに着くと明かりが灯っているのでやや安心する。中に入ると、Jさんという女性がプロジェクターのセッティングをされていた。Jさんは建物内の一部屋にあるすみおれ図書室というライブラリーを任されていて、月1回のペースで一般に開放しているそうだ。金曜夜のアーティストトークに人が集まるのか不安だったけれど、10名くらいの方が来てくださった。みなさん熱心に聞いてくださっているのが伝わってきて本当に有り難かった。そしてなんと、多摩美の油画科で同級生だったMちゃんが来てくれた。Mちゃんは数年前に鳥取に移住し、今は県内の鹿野という町に住んでいるらしい。移住者のコミュニティに興味があると言うと、ちょうど明日鹿野で移住者の人がコンサートがするから遊びにきなよ、と誘ってくれた。

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