はじめまして。今回、田中と共にホスピテイル・プロジェクトに参加させていただくことになった小田部恵流川(こたべえりか)です。現在大学4年生で、教育学を専攻しています。これから田中と交互にブログを執筆する予定です。どうぞよろしくお願いいたします!
今日は、旧横田医院の大掃除から始まりました。鳥取の中心市街地に1956年に開院し、1996年に閉院してから空き家となっていた旧横田医院は、現在様々なアートに関するプログラムを実施するホスピテイル・プロジェクトの拠点として活用されています。ムーミン一家の家を彷彿とさせる珍しい円形の建物の周りには紫陽花が咲き、曇りがちな梅雨を彩ってくれていました。私たちが、窓を開けて建物全体の換気を行ったり展覧会の導線や各部屋に掃除機をかけたりしている間、アーティストのピル&ガリア・コレクティヴとキュレーターの中西さんとでどの部屋にどの作品を展示するかの話し合いが進められました。今回展示するのは7作品なのですが、空間の大きさや形がそれぞれ異なる部屋にどんな作品が展示されることになるのか、とても楽しみです。
また、午後にはピル&ガリア・コレクティヴと共に行う初めてのプログラムであるアーティストトークが行われ、これまでの活動に関するプレゼンテーションを聞くことが出来ました。ロンドンを拠点に活動するアーティスト・デュオのピル&ガリア・コレクティヴは、モダニズム芸術と現在の資本主義社会のつながりに関心を持ち、パフォーマンスやヴィデオ、コラージュ、インスタレーションなどの作品を多く発表してきました。ここから、具体的に幾つかの作品を例に、これまでのピル&ガリア・コレクティヴを簡単に紹介したいと思います。
ピル&ガリア・コレクティヴがイデオロギーに関心を持ち作品を作るようになったのは2006年頃だそうです。《未来の三部作》は、2005年にロンドン起こったIKEAでの開店キャンペーンにインスピレーションを受けて制作されました。近年、先進国で暴動がほとんど見られなくなったにも関わらず、このソファを大幅に値下げし50ポンドで売るというキャンペーンには割引を求める6000もの人が集まり、人が刺されるような暴動に発展しました。ピルとガリアは、政治が発生する場所が商品を求める時などに変わった事に加え、過去の出来事を再演することに興味を持ち、この暴動を再演することにしたそうです。彼らは現代のイデオロギーやプロパガンダがどのような状態になっているのかを考えるために過去のイメージを借用する手法をとり、構成主義、ダダやバウハウスに注目しました。フィルムの中ではIKEAを儀式の道具として扱うカルトのように表現したり、IKEAの駐車場で撮影を行ったりしています。
また、その後ピル&ガリア・コレクティヴは観客の前でパフォーマンスも行うようになりました。例えば、《アスパラガス:農業的バレエ》は、とあるgroup: xexというバンドの同名のアート作品にインスパイアされて制作されました。実際にgroup: xexが行った公演内容に関する詳しい情報は存在しないのですが、実際に起きたかわからないこと、よくわからないことに関しても再演可能なのではないかという考えからこの作品制作が始まりました。この作品はオスカー・シュレンマーによる《The Triadic Ballet》にインスパイアされ、カール・マルクスの「資本論」を再解釈して作られたオリジナルの振り付けと共に制作されました。彼らはパフォーマンスを制作する前にコラージュを制作し、抽象的なテキスト、全く異なるイメージを繋げたといいます。ピルとガリアは、この作品を通して現代の労働の状況、非物質的労働やポストフォーディズムについて考えるようになったそうです。現在、マルクスが述べているような人間の体が機械の延長として働き、物質的なものを作るような労働に変わり、自分の持っているあらゆるものを用いてサービスを提供する非物質的な労働が登場しています。ピルとガリアはコールセンターでの労働や、インスタグラムのインフルエンサーなどがその例だと考えているようです。このような新しい労働は、ベルトコンベアーの脇に立ち労働する従来の労働とは異なりイメージするのが難しく、それを表現するために彼らは過去のイメージを参照しながら作品制作を重ねたそうです。
《非物質的流動のためのコンクリート・ガウン》は、ロンドンのヘイワード・ギャラリーで行われたミラーシティ展のために委託され、制作された彫刻のインスタレーションとパフォーマンスです。これは見えないイデオロギーを可視化、具体的なものにすることを目的とした作品で、タイトルのconcreteには実際に素材として用いられているコンクリートと名詞としての「具体的な」という二重の意味が込められています。ピルとガリアは、政治がイデオロギーによって動かされていた時代はイデオロギーを象徴するようなモニュメント(記念碑)が多く作られていたのに対し、経済がそれに取って代わった現代の西洋社会にはモニュメントが存在せず、それが彼らが育ったイスラエルの状況と大きく異なると述べていました。ピルとガリアはイスラエルからの移民なのですが、イスラエルで暮らしていた際にシオニズム運動の影響で多くのモニュメントやイデオロギー的な歌に囲まれて育った経験から、モニュメントに興味を持ち作品にも繋がったそうです。彼らは、現代社会では金融(競争原理)が普段の生活で意識しないイデオロギーのようなものになっているのではないかと考え、この作品で金融を説明する際に用いるグラフを表現しました。また彼らはこの彫刻をステージにし、実際に存在するバンドにシオニズムの歌をそれぞれ解釈してもらい、演奏してもらうというパフォーマンスを行いました。これは、イスラエルで子供に聞かせるような愛国的な歌と、参加したバンドが普段やっているポップミュージックの超えられないようなギャップを面白く表現することを目的としています。
ピル&ガリア・コレクティヴの多くの作品に共通して見られるのは、過去のイデオロギーから言葉や視覚言語を借りてきて現代社会のイデオロギーやその状況を説明する試みです。彼らは特に20世紀モダニズムと現代の資本主義社会の諸問題をつなげ、中心となるアイデアを様々なメディアを使って表現する作品を制作してきました。今回の滞在制作では、現在は無くなってしまった「テクノロジーや商品が私たちの世界を救ってくれるものである」というような思想を表現する最後の場であった1970年の大阪万博をテーマに、ヴィデオ作品やライブ・パフォーマンスの記録映像を交えたインスタレーションを発表します。具体的には、1950年代の実験工房の舞台作品を参照し、オープニングの7月19日には日本の伝統的な能を現代的にアレンジしたライブ・パフォーマンス《亡霊パヴィリオンのみやげ》を行うそうです。トークの最後に、ホスピテイル・プロジェクトで滞在制作する事に関する質問をしたところ、ホワイトキューブとは大きく異なる、円形で監視やコントロールに適した構造になっているユニークな建物に作品を展示できることにとてもわくわくしていると述べられていました。また、使用されなくなった建物を別の目的で使用するホスピテイル・プロジェクトの在り方が、ピル&ガリア・コレクティヴが作品制作で過去のものを採用する手法に似ているということに言及されていました。最後は「廃病院が今回のテーマでもあるghost(幽霊)にぴったりだ」という冗談交じりの回答で締めくくられ、会場は笑いに包まれました。
今回のアーティスト・トークでは、ピル&ガリア・コレクティヴのこれまでの活動や、今回の展示「(不)可視化のプロパガンダ」のエッセンスを伺うことができました。ですが、まだどのような展示になるかは想像出来ませんね。明日から、旧横田医院での作品制作が始まります。随時その様子をブログでアップしていくので楽しみにしていてください。また、上記したライブ・パフォーマンス《亡霊パヴィリオンのみやげ》が7月19日(金)の18:30から、さらに今回の展覧会に関するアフター・トークが同日19:30から行われます。是非お見逃しなく!
(小田部恵流川)